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【059】「Le journal de l'exposition=展覧会日記」Mar.15「三信ビル-華やかな頃 現在 そしてこれから」

三信ビル1


三信ビルで唯一、営業していた喫茶店「ニューワールドサービス」が、ついに3月30日、閉店することになりました。

「三信ビルの保存を考える会」は、三信ビルが好きな一般市民の集まりで、昨年6月に発足し、12月には「消えゆくビルが語るもの」と題し、絵画・写真
展を開きました。会員、公募の方、ビルに入っていたテナント、スケッチをしていた見知らぬ方、会期中に提供してくださった写真家、それらの方からの多彩
な作品が並びました。
隣の三井ビルを建てる際に地盤沈下し、傾いた道路で車が走っている写真。旧日比谷映画と三信ビルが写っている写真。ビル内に入っていた三機工業(三信
ビルの設備一式を行った)の亀甲模様のガラスドア。ふだん人が行かない機械室にある立派な階段部、など。
また、ビルを建てた横河建築設計事務所から、沢山の図面や写真をお借りすることが出来ました。ビルの設計者、松井貴太郎氏がデザインした意匠の異なる
沢山の照明器具は、白黒の図面でもきらめいて見え、多くの人が、ため息を漏らしました。

三信ビルは建築的、歴史的、設備的に貴重な存在というだけでなく、多くの人が利用し親しんでいたビルです。
今まで活動を続ける中で、沢山の人から多くの情報を得ました。写真展にも、竣工に関わった方のご子孫、三信ビルに勤めていた方、いろいろな方が来場さ
れたり、連絡をくれたりしました。
今回、得た貴重な情報の一部を紹介したいと思います。
昔、エレベーター内は金ピカで、エレベーターガールが手動運転もしていた・・会でよく聞いていた話ですが、その「幻の」もとエレベーターガールの方か
ら連絡がありました。現在80歳代。当時の何階が何の事務所だったか、どのエレベーターが自動、手動であったか。実によく記憶されています。また今まで
不明であった12星座のあった青い天井はいつ、白く塗られたかーこの疑問も占領軍が白く塗った、と教えられました。この方は「三信ビルで働くことはとて
もまぶしい経験だった」とおっしゃっています。
「父も母も、私も三信ビルで働いていました」と何人かの方が言ってらしたのが興味深いことでした。

すぐの解体はないとしても、4月の三信ビルの姿はどうなのか、わかりません。が、たとえどのような形になろうと、三信ビルの記録、記憶は残したいと思
います。「保存を考える会」では、これからも聞き取りを続け、本を作りたいと思っています。

「三信ビルの保存を考える会」  聞き取り、本の担当  マミューズ・マミラジャ記


三信ビル2

三信ビル3

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